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5月9日(水)
 
人より少し小さな体なのに、時々恵胡が酷く大きく見えることがある。
 
「うっしゃ!!」
 
来月に控えたスポーツテストを前に、今日の体育は50m走の練習だそうだ。
やる気など少しも無かったが、実際にスタート位置に立つとついつい闘志が湧き上がって本気になってしまう。
なんだかんだで俺らは青春真っ盛りなのだと、走り終わって照れ臭くなる。
他のクラスメートに大きな差をつけて、恵胡がゴールした。喜びを隠そうともしないガッツポーズ。
「かっこいいと思ったろ?」
隣でニヤニヤしている俊の足を踏もうと思ったが辞めた。
図星だと肯定してるみたいだったから。
走っている時の真剣そのものの恵胡は正直かっこいい。
小さくてマスコットのような存在なのに、その時その表情はひどく心臓に悪い。
恵胡の後にゴールした奴らが、悔しそうに、羨望を込めながら恵胡にじゃれていく。
小さくて埋まりそうな体躯なのに、その中心は恵胡だ。
冗談で繰り出される拳に応戦しながら、その輪から恵胡が抜け出す。
 
「彰!!」
 
あ、くる。と思い踏ん張ると、恵胡がダイビングしてきた。
「俺、めっちゃ凄くねぇ!!」
キラキラと輝く汗。満面の笑顔。赤く染まった頬は、恵胡が興奮状態にあることを教えてくれた。
「流石陸上部エースだよなぁ~」
俊がふざけて恵胡の首に腕を回し力を込める。いつもなら応戦するはずが、今日はただ嬉しそうに『おう』と返事をした。
よっぽどいい記録が出たのだろう。
毒気を抜かれたように、俊が肩を竦めてみせる。
「自己新まではいってねぇけど、気持ちよく走れた!足が勝手に前に出たんだ」
頭を撫でると、今日学校であったことを話す子供と母親の図のようで可笑しい。
興奮状態の恵胡を宥めながら、3人でスタート地点に戻る。
俺の肩に腕を回し、寄り掛かるように歩く恵胡の顔は笑顔100%だ。
 
「へへへ、俺ね、彰がゴールにいるの見つけたら足を動かすのセーブできなくなった」
 
俊に聞こえるか聞こえないかの小さな声でぽつりと耳元で言われた台詞。
本当なら、授業中だと怒るとこだが、キラキラと嬉しそうに笑う恵胡に何も言えず俺は赤面しただけだった。
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